丸の内一丁目 Marunouchi 1-chome

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日本に丸の内という地名は多いが、名古屋の丸の内は特殊だ。というのも、名古屋の丸の内は丸の外にある。

名古屋城には本丸がある。二の丸もある。今は官庁街になっている三の丸もある。そして丸の内は、その外にある。つまり丸の外だ。

そのため、名古屋の丸の内は名古屋城にはそこそこ近いが、東京の丸の内が皇居に近いほどには近くない。ただし、現代の名古屋の中心である名古屋駅や栄には近い。(ちなみに江戸時代の名古屋のhigh streetだった道も擁しており、それが街道と交わる街の中心だった場所「札の辻」は至近距離にある。)

現在の丸の内は官庁街と栄および名古屋駅の繁華街の間に広がるビジネス街だ。ただし新橋や虎ノ門などとは違う。名古屋の身の丈に合ったビジネス街で、変なたとえだが、都営新宿線の沿線のような感じのところだ。

今回は丸の内の中でも名古屋駅にほど近い一丁目を見ていく。丸の内一丁目は堀川、伏見通、外堀通、桜通に囲まれた地区だ。川と全て6~8車線の道に囲まれている。東京で似たような場所があるとすれば新富町や八丁堀のあたりだろうか。

名古屋駅から八車線の桜通りを歩いてゆく。七~八分も歩くと、桜橋に着く。なお、地上はビルばかりで殺風景なので、地下街を通って行った方が楽しい。

桜橋を渡った左側が丸の内一丁目となる。桜通を北に渡ろうとすると、丸の内一丁目を背後に変な車が!

丸の内一丁目に入る。一丁目の東端を堀川沿いに北上していく。この辺は丸の内の中でもオフィスがほとんど無い、丸の内らしくないところだ。下に書くように材木屋まである。

軍艦マンションを過ぎると、中橋のたもとに駐車場。東京は都心部にぎっしりと建物が経っているが、名古屋は都心部でも遊んでいる場所が多い。都心部における空閑地についての調査があるくらいだ。ちなみに下は中橋横の駐車場にとまっていた車。

ついでにこれも丸の内一丁目内の駐車場にあったとても赤い車。あまりに赤かったので撮ってしまった。

堀川沿いを更に北上。材木屋がある。ここはブラタモリでも取り上げられていた。

堀川はもともと水運の為に開削されたので、沿岸には400年前から材木屋が多い。丸の内ではないが、もっと下流の松原や正木のあたりには材木屋が特に多い。

さらに北上を続けると、五条橋に出る。堀川開削時に清須から丸ごと持ってきたという橋だ。そのため、擬宝珠の日付が堀川の開削より前になっている。ちなみに擬宝珠のオリジナルは名古屋城に展示されていて、下の写真に見えるものはレプリカ。

しかし下の写真の凄いところは五条橋ではない。この間口が異常に狭い二階屋だ。なんと高校らしい。「日本航空高等学校」。JALの経営破綻があっただけに、意外とJALのかも(?)。

なお、この高校と五条橋の間の間隙は堀川の水面に続いている。もともと堀川には公共の荷揚げ場が複数あり、これはそのうちの一つ。もう読めないくらい摩耗しているが、石柱にその旨が記してある(ように見える)。

間口の狭い建物といえば、同じく丸の内一丁目の角地にあり、五条橋から徒歩三分くらいのこれもすごい。

堀川沿いを除いた丸の内一丁目はだいたいオフィスビルと会社員向けの飲食店からなる。下のような感じだ。(ここ五年ほどで中~高級マンションが急激に増えた。)道がまっすぐなのが碁盤割の名古屋らしい。

雪が降るとこうなる。

ゲリラ豪雨が降った時はこうなった。

下の写真は丸の内一丁目のあるビルから東~北東方面を望んだ風景だ。この風景は天気や時間帯によって様々な表情を見せる。

上の写真にもうつっている白いビルにはブラジル領事館が入っている。愛知県は日本の中ではブラジル人人口がダントツに多い。五万人近くいる。2007年時点の八万人を大きく下回るとはいえ、東京の15倍以上だ。領事館周辺もポルトガル語があふれている。

ナニソレというものも目立つ。

あと、これは多分ポルトガル語ではないが、なんとなくラテンな響きの古い喫茶店もある。

ちなみにここのモーニングはバター付きパンのみなので、比較的お得なモーニングをお探しなら同じく丸の内一丁目にあるCAFE A.Bloomのほうがいい。ただし両方とも基本的にはサラリーマン向けの店で、禁煙ではない。

上述のように、丸の内一丁目にはここ五年ほどで中~高級マンション(とはいえ値段は東京の三分の一)が急激に増えた。以前からお洒落な喫茶店といった感じのものはそれなりにあったが、今後は店もサラリーマンだけではなく住民に対応していくのかもしれない。

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